「我々は一介の兵士に過ぎませんから、高貴なお方のエスコートなど恐れ多くて出来ません。お1人で降りていただけますよね?」
たっぷりと嫌味を込めた言葉を並べる兵士。
乗る時だって手を貸さなかったくせに、降りるときにあえてこのような台詞を言うのは明らかな悪意が込められている。 既に回帰前の世界で経験済みだ。あの時の私は失礼な兵士に激怒し、彼らを怒鳴りつけた。
そしてその様子をこっそりと眺めていた『アムル』の村の住人たちが白い目で私を見ていたのだ。やはり、『クラウディア・シューマッハ』は噂通りの最低な女だと……。
それが全ての始まりだったのだ。
だが今回は違う。「ええ、大丈夫。私の為に貴方の手を煩わせるわけにはいきませんから」
笑みを絶やさず私は返事をした。
「!」
私の態度に一瞬、兵士は驚いた顔を見せたがすぐに今まで通り人を小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「では、私は住民たちに挨拶をしてきますので」
兵士はそれだけ告げると去って行った。
すると私のすぐ背後にいたリーシャが憤慨した。
「な、何ですか!? あの生意気な兵士の態度は! クラウディア様の乗った馬車のドアをノックすることも無く勝手に開けて、挙句にエスコートもせずに立ち去っていくなんて!」
「落ち着いて、リーシャ。私との約束覚えているでしょう?」
「え、ええ……勿論です。何があっても慌てず騒がず、冷静に……ですよね?」
「ええそうよ。この村はね、これから私たちの運命を大きく左右する始まりの場所と言っても過言ではないのよ?」
リーシャに言うことを聞いてもらう為に少し話を大げさに盛った。
「ええ!? そうなのですか!?」
「そうよ。後生だから、どんなに気分を害しても、理不尽だと思っても……どうか堪えてちょうだいね?」
「はい。分かりました」
私の訴えが通じたのか、リーシャはコクリと頷いた。
「では、降りましょう?」
手すりをしっかり握りしめる
「我々は一介の兵士に過ぎませんから、高貴なお方のエスコートなど恐れ多くて出来ません。お1人で降りていただけますよね?」たっぷりと嫌味を込めた言葉を並べる兵士。 乗る時だって手を貸さなかったくせに、降りるときにあえてこのような台詞を言うのは明らかな悪意が込められている。 既に回帰前の世界で経験済みだ。あの時の私は失礼な兵士に激怒し、彼らを怒鳴りつけた。 そしてその様子をこっそりと眺めていた『アムル』の村の住人たちが白い目で私を見ていたのだ。やはり、『クラウディア・シューマッハ』は噂通りの最低な女だと……。それが全ての始まりだったのだ。 だが今回は違う。「ええ、大丈夫。私の為に貴方の手を煩わせるわけにはいきませんから」笑みを絶やさず私は返事をした。「!」私の態度に一瞬、兵士は驚いた顔を見せたがすぐに今まで通り人を小馬鹿にした笑みを浮かべた。「では、私は住民たちに挨拶をしてきますので」兵士はそれだけ告げると去って行った。すると私のすぐ背後にいたリーシャが憤慨した。「な、何ですか!? あの生意気な兵士の態度は! クラウディア様の乗った馬車のドアをノックすることも無く勝手に開けて、挙句にエスコートもせずに立ち去っていくなんて!」「落ち着いて、リーシャ。私との約束覚えているでしょう?」「え、ええ……勿論です。何があっても慌てず騒がず、冷静に……ですよね?」「ええそうよ。この村はね、これから私たちの運命を大きく左右する始まりの場所と言っても過言ではないのよ?」リーシャに言うことを聞いてもらう為に少し話を大げさに盛った。「ええ!? そうなのですか!?」「そうよ。後生だから、どんなに気分を害しても、理不尽だと思っても……どうか堪えてちょうだいね?」「はい。分かりました」私の訴えが通じたのか、リーシャはコクリと頷いた。「では、降りましょう?」手すりをしっかり握りしめる
ガラガラガラガラ……馬車は荒れ地を何処までも走り続けている。先頭を走るのは私達を迎えに来た『エデル』からの使者4人を乗せた馬車。そして2台目が私とリーシャを乗せた馬車。その後ろ3台の馬車が私の荷物を積んだ馬車が走り、更に馬車を囲むように馬にまたがった護衛兵士が6人付き添っている。彼等は周囲を警戒する素振りもなく、談笑しながら馬にまたがっていた。その光景を馬車の窓から眺めながらリーシャが再び愚痴を言ってきた。「クラウディア様、御覧下さい。いくら戦争が終わったからと言って、あれが護衛する兵士の態度ですか? 山賊が現れた時、あんな風にたるんでいてはあっという間に襲われてしまう気がします。第一、一国の姫を迎えるのに護衛の数が少なすぎです。そうは思いませんか?」リーシャはかなり苛立ちを募らせている。「リーシャ……」そんな彼女を見て私は少し驚いていた。回帰前のリーシャは私よりもずっと大人びて見えていたのに、今こうして改めて見れば、年相応の若い娘と何ら変わりがなかった。まるでリーシャを見ていると、前世の娘……葵を思い出してしまう。「聞いていますか? クラウディア様」私が無反応だったからか、リーシャが再度尋ねてきた。「え? ええ、勿論聞いているわ。でも馬車で片道10日間もかかる道のりを迎えに来てくれただけ、ありがたいと思わないと。本来なら私達の国で馬車を出して来るようにと言われてもおかしくない立場だもの」するとリーシャは目を見開く。「クラウディア様、本当にご立派になられましたね。何だか私、自分が恥ずかしくなってしまいました。クラウディア様を見習って、私も心を入れ替えることにします」背筋を伸ばすリーシャ。「まぁ、フフフ……リーシャったら」思わず笑みがこぼれてしまった。でも、リーシャは何一つ間違えたことは言っていない。窓の外の景色を眺めるリーシャの横顔を見つめながら、私はこの様な舞台を用意したアルベルトのことを考えていた。いくら敗戦国の人質妻だとしても、私は一国の姫である。それなのに用意されたのは粗末な馬車に、荷物を運ぶのはただの荷馬車。つまり、アルベルトは私に嫌がらせをする為に敢えてこの様な粗末な嫁入りをさせているのだ。自分の立場を思い知れ……と事前に伝えておきたかったのだろう。それだけでは無い。初めから私のことを快く受け入れ
「クラウディア様。お城の人達にお見送りしていただかなくてもよろしかったのですか?」向かい側の席に座ったリーシャが心配そうな顔で尋ねてきた。「ええ、いいのよ。ヨリックにはお別れの挨拶が出来たし、城で働く人たちはお父様やお兄様たちが存命だった頃に比べて格段に人数が減ってしまったのよ? 皆忙しいのにお見送りに来てもらうなんて悪いわよ」第一、私は必ず生き残って国に戻ってくるつもりなのだから。回帰前の出立時、城の者達は忙しいにも関わらず全員仕事の手を止めてわざわざ見送りに出てきてくれた。そのことを『エデル』から来た使者たちは、アルベルトにこう告げたのだ。『クラウディア様は、使用人たちを嫁ぐ直前までこき使って働かせていた』――と。まさか使用人たちが見送りに来てくれただけで、こき使っていたという発想に至るとは思いもしなかった。更に彼らは旅先でわざと私の人間性を試すかのように、様々な場面で窮地に立たせてきた。その話には尾ひれがつき、私は『悪女』のレッテルを貼られてしまった。ただでさえ、肩身の狭い人質妻は『エデル』国にとって、歓迎されない人間として迎えられることになってしまったのだ……。少しの間、回帰前の出来事を思い出しているとリーシャが再び声話しかけてきた。「ところで、クラウディア様」「何? どうかしたの?」リーシャはまだ何か不満があるのか唇を尖らせながら私を見ている。「本当に良かったのですか?」「え? 何のこと?」「荷馬車に積まれたお荷物のことですよ。1台はクラウディア様のお荷物積まれておりますが、どれも……こう申し上げては何ですが、質素な衣類ばかりでありませんか」「そうね。だって私にとっては動きやすくて着心地の良い普段着が一番だもの」「いいえ、それだけではありません。残りの馬車の荷物についてもです。何故あのような物を大量に荷馬車につめさせたのですか?」「この旅の合間に絶対に必要になるものだからよ。厳重に梱包しておいたから恐らく『エデル』の使者たちにはバレていないと思うけど……」すると、リーシャはにっこり笑みを浮かべた。「ええ、大丈夫です。勿論バレておりませんよ。何しろあの者たちは運び入れる荷物を見た時に話しているのを耳にしましたから。『全くこんなに大量のドレスを運ばせるなんて敗戦国の姫のくせに生意気だ』って……! どちらが生意気な口
――11時ついに出発時間がやってきた。『エデル』に嫁ぐ際、私はアルベルトから二つの条件を提示されていた。まず一つ目は、国を立つ際に持っていく荷物は荷馬車3台分まで。そして二つ目は、お付きの者を連れて行くのは1名のみ。たったそれだけだったのだ。「本当に、いくら敗戦国の姫だからといって、この扱いはあまりに酷いです。そうは思いませんか?」旅支度の服に着替えたリーシャは、荷物を積み込んでいる『エデル』の使いの者達を馬車の中から眺めて悔しそうに訴えてきた。「そうね。でもいいのよ。こうして迎えの馬車だけでなく、荷物を運ぶ為の荷馬車に人員まで用意してくれたのだから。おまけに旅費だって先方が用意してくれたのよ? むしろ感謝したいくらいだわ」「クラウディア様……なんて謙虚なお言葉なのでしょう」リーシャが感動した様子で私を見る。「フフフ……大げさね。リーシャは」けれど、それは本心からの言葉だった。何しろ私には回帰前の記憶と、前世の日本人として生きた頃な記憶があるのだ。このような考えに至るのは当然だった。尤も回帰前の私はこの待遇に大いに不満を抱き、道中ずっとリーシャと『エデル』から派遣されてきた使者達の文句を言い続けた。それがアルベルトの耳に入ることになるとは考えもせずに。今にして思えば、私は嫁ぐ前からアルベルトに試されていたのだ。私が自分の妻として、相応しい人間なのかどうか。アルベルトは本当に最低な男だったと今更ながら思う。「あ、全ての荷物が荷馬車に積まれたようですよ」窓の外を眺めていたリーシャが声を掛けてきた。いつに間にか荷馬車に取り付けられた幌の出入口の幕が下ろされ、紐で固定されていた。「ええ、そうね。もう出発するんじゃないかしら」そういった矢先、馬車の扉がノックされたので窓を開けると御者が声をかけてきた。「そろそろ出発しますがよろしいですか?」「はい、お願いします」「では出発いたします」御者は無表情のまま頭を下げて御者台へ向かい、やがて馬車はガラガラと音を立てて走り出した。「クラウディア様、見ましたか? あの御者の感じの悪いこと。ニコリともしませんよ? 仮にもこれから嫁ぎ先へ向かう花嫁に対する態度にはとても見えたものではありません」リーシャは余程不満なのか、ちょっとしたことで文句を言ってくる。前回の輿入れの時は私も一緒
リーシャと2人で出立の最後の準備をしていると、廊下で騒ぎが聞こえた。『いけません! ヨリック様!』『いやだ! お姉さまと話がしたいんだ!』「え? ヨリック?」すると扉が突然開かれ、10歳違いの幼い弟が部屋の中に飛び込んできた。「お姉さま!」まだ10歳のヨリックは目に涙を浮かべている。「ヨ、ヨリック……」そう、この幼い少年は…『クラウディア』時代の私の弟。この世でたった1人残された私の肉親……天使のように可愛らしいヨリック。以前の私はこんなに幼い弟を残して『エデル』に嫁ぐのに胸の痛み等少しも感じていなかった。初恋の相手……アルベルトと結婚できる喜びが胸の内を占めており、1人この国に残されるヨリックのことなど考えてもいなかったのだ。「ヨリック様! いけません!」するとヨリック付きの専属メイドが部屋の中に飛び込んできた。そしてヨリックを抱きかかえると、必死になって謝罪してきた。「大変申し訳ございません! あれほどクラウディア様からこの部屋にヨリック様を入れてはならないと命じられておりましたのに……!」「あ……」そうだった。あの頃の私はアルベルトとの結婚を反対するヨリックが鬱陶しくて、『エデル』に嫁ぐその日でさえ、私に近づかないように周囲の使用人達に命じていたのだ。それにも関わらずヨリックは私を慕い……。「お、お姉さま……」ヨリックは緑の瞳に溢れそうな涙を浮かべて震えている。本当に……以前の私はどうして、こんなにも私を求めているヨリックを冷たく突き放して、あの冷酷な男の元へ嫁いでしまったのだろう。「クラウディア様……」リーシャが心配そうに私を見つめている。恐らく私がヨリックを追い払おうとしていると思っているのだろう。だけど、今度の私は違う。にっこり笑みを浮かべるとヨリックに声をかけた。「ヨリック……こっちにいらっしゃい?」「お、お姉さま……?」ヨリックの目に一粒の涙がこぼれ落ちる。「クラウディア様……よろしいのですか?」ヨリックを引き留めていたメイドが尋ねてくる。「ええ、いいのよ。嫁ぐ前にお別れを言わせて?」「は、はい……」メイドがヨリックを抱きとめていた手を緩めると、途端にヨリックが私に向かって駆け寄ってきた。「ヨリック」しゃがんで両手を大きく広げると、ヨリックは胸に飛び込んでくる。「お姉さま……
後3時間後には、嫌でも私はアルベルトの元へ嫁がなくてはならない。望まれた妻とではなく、『人質妻』として――**** あの頃の私は世間知らずで本当に愚かだった。 アルベルトは子供の頃に一緒に過ごしたことがある私の初恋の人だった。やがて運命の悪戯によって、彼の国と私の国は対立することになり……私の国は滅んで彼の国の属国になってしまった。そして先方から持ち掛けられた私とアルベルトの結婚。私はアルベルトに望まれて結婚するのだとばかり思っていた。けれど、実際会ってみれば彼は私のことすら覚えていなかった。私はこの結婚が、二度と『レノスト』王国が『エデル』に歯向かえないようにするための政略結婚だと言う事に気付きもしなかったのだ。でも、今はもうあの頃の愚かな私ではない。私は自分の辿った末路を知っている。そして何故そのような結果を招いてしまったのかも。幸いなことに、私には日本人の『橋本恵』の前世の記憶がはっきり残されている。なのでクラウディアとして生きていたあの頃のアルベルトに対する執着など、今は一切無い。ここが回帰した世界であるなら確実に『聖なる巫女』、カチュアが再びアルベルトの前に現れるだろう。やがて2人は愛をはぐくみ、嫉妬に狂った私は寂しさを買い物で紛らわし、愛し合う2人の仲を引き裂くことに必死になっていった。その結果の末路が、処刑だったのだ。だが………今回は違う。今の私はアルベルトへの興味など微塵も無いし、悲惨な未来を事前に知っているのだから――**** 私が落ち着いた様子を見て、リーシャが笑みを浮かべた。「良かった。クラウディア様。落ち着かれたようですね? 表情が穏やかになられましたから」「ええ、もう大丈夫よ。これから遠い国へ嫁ぐので、少し気持ちが高揚してしまったみたいだわ。ごめんなさいね。よく考えて見れば、貴女が『エデル』まで一緒に来てくれるのだから何も不安なことなどないはずなのに」「クラウディア様……」リーシャの瞳が揺れている。「リーシャ、『エデル』に行っても……これからもよろしくね?」そしてリーシャの両手を包み込んだ。「あ、ありがとうございます……。クラウディア様からそのようなもったいないお言葉をいただけるなんて……それではお支度をはじめましょうか?」涙ぐみながら私を見つめるリーシャ。「ええ、そうね。準備を始